遺言は、遺言者が自分の財産その他に関して死亡後にどうしたいか、どうして欲しいかについての意思を書面で表したものです。 遺産の相続との関係では、各相続人の相続分を法定相続分と異なる割合にしたい場合(指定相続分と呼んでいます)もありますが、多くの場合は、具体的にどの財産を誰に相続させたりあげたりするのかを指定し、遺産分割の手続をしないですむようにすることを目的としています。
このように、自分の財産を将来自分が存在しなくなった時点で処分する強い効力を認めるものですから、現在の法律では口頭で遺言をすることは認められていませんし、また単なるメモのような書面でも遺言にはならず、以下のような、一定の厳格な方式にしたがった書面によって作成する必要があります。
遺言の方式としては、通常の方式のものとして、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類があり、その他に危急時の特別な方式のものが認められていますが、自筆証書遺言と公正証書遺言以外の方式は利用されることが稀ですので、ここではこの2つについて解説します。
1.自筆証書遺言
遺言者本人が、遺言の内容の全文、作成日付、氏名を全て自分で手書きで記載したうえで捺印する方式です(ただし、下記のとおり、財産目録の部分はパソコン打ちでも可)。特別な手間をかけずに作成できる点が利点ですが、以下の点に注意が必要です。
なお、遺言書は封をしておかないといけないと思っておられる方が多いようですが、そのような必要はありません。ただ、原本1通しか効力がありませんので、保管をどうするか、保管の仕方によっては自分が死亡した時に誰かが遺言を見つけてくれるのかどうか、といった問題がありますし、遺言の執行をする際には家庭裁判所で遺言書の検認(遺言書の内容を確認して公式の記録化をする手続のことです)という手続を経ないといけません(ただし、この点も、後述のとおり、自筆証書遺言の保管制度が2020年7月より開始されました)。
- 内容は全文を漏れなく手書きで記載する必要があります。パソコンで打つのは、遺言者本人でなくともできるので、ダメとされています。とにかく代筆の類はすべて無効です。記載を修正する場合は、修正個所に訂正印を押しておく必要もあります。
ただし、今般の相続法改正により、2019年1月13日以降に作成した遺言については、遺言書に添付する財産目録(不動産や金融資産等を個別に列挙した目録のことです)の部分は自書せずにパソコンで打ったり不動産全部事項証明書や預貯金通帳の写しを添付したりし、肝腎の意思表示の部分だけを手書きにするという方法でも、可能となりました。財産を個別に列挙する部分まで手書きで書き写すという手間を省けるようにしたわけです。ただし、その場合でも、目録部分の各頁に署名捺印を付記することは必要です。 - 作成した日付を必ず自書で記載しなければいけません。これも自書以外は正確性を担保できないことから、無効とされます。日付の記載が必要とされているのは、遺言を作成した当時に遺言をする判断能力があったかどうかを確認する必要がありますし、内容の異なる複数の遺言がある場合は後の遺言の方が有効になることから、遺言の作成日を明確にする必要があることなどが理由です。
- 氏名の自署も必要ですが、これは当然と言えましょう。
- 署名とともに押印が必要です、ただし、実印でなくてもかまいませんし、指印でもかまいません。最近は各種文書の作成に必ずしも押印が必要ない場合も多くなっていますが、遺言は遺言者の財産処分を伴う重要な文書であることや、我が国では押印してはじめて文書が完成するという意識が根強いことなどから、現在の法律では押印が必要とされています。
- 従来は、自筆証書遺言には紛失、隠匿、改変の心配があるため、保管をどこでどうするのか、という問題がありました。この点の対策として、2020年7月10日から、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が施行され、法務局に申請さえすれば自筆証書遺言を保管してくれるという制度がスタートしました。そして、この保管制度を利用した場合は、遺言者が死亡した後の遺言書の検認という手続きを行うことも不要となりました。
法務局では遺言書の原本を保管するとともに遺言書保管ファイルという電子情報の形で管理してくれます。遺言者は、法務局に保管してもらっている遺言書の閲覧をいつでも求めることができますし、遺言者の死亡後、相続人等の関係人は、遺言書の閲覧を請求することができるほか、遺言書情報証明書(遺言書の内容をそのまま証明してくれる文書)の交付を受けることができ(なお、このような手続きがされたときは、法務局から相続人ら関係者に、遺言書を保管している旨の通知がなされます)、この証明書を使って相続登記や預金の解約等の手続をすることができます。
このように、保管制度が整備されたことにより、自筆証書遺言の作成・活用が大変しやすくなったということができます。
2.公正証書遺言
公証人の面前で遺言者が遺言の内容を説明し、その内容を公証人が遺言書にまとめて作成し、遺言者の署名捺印とあわせて公証人が署名捺印したうえで、原本を公証役場で保管するものです。関係者には遺言書の正本や謄本が交付され、それによって遺言の執行をすることができます。
自筆証書のように基本的に全文を手書きで作成するというような形式的な要件はなく、公証人という第三者が作成してくれるので、形式不備の可能性はまずありませんし、紛失や廃棄、改ざん等の心配もありません。ただし、公正証書遺言の作成には証人2人が立ち会う必要があるほか、公証人の作成手数料が若干かかります。
3.遺言書を作成する場合の注意点
上記のような厳格な様式性以外で注意すべき点としては、遺言書の内容が明確であることです。処分の対象となる財産を特定し、誰に取得させるのか、複数の者に取得させるのであれば均等割りにするのかそれ以外の割り方にするのか、等を明確に表記しておく必要があります。また、現実に財産の名義移転や預貯金の払戻し・授受等の手続をしてくれる遺言執行者を指定しておくことも大事です。弁護士が遺言書の文案作成の助力を依頼されて公正証書遺言を行う場合は、遺言執行者としてその弁護士を指定しておいてもらうことが多く、そうしておけば遺言者としても安心できます。
なお、遺言書を作成した後で考えが変わった場合は、遺言書を何度でも作り直すことができます。内容の異なる複数の遺言書を作成した場合は、後の遺言のみが有効となります。元気なうちに遺言を作っておき、後で事情が変われば必要な限りで修正していくというようにすればよいわけです。
4.専門家が必要となる、複雑な場合は?
遺言書としての様式を満たしているかどうか、内容的な表現はこれでよいか、遺言執行者をどうするかなど、遺言書を作成する際は、弁護士などの専門家に一度は相談することを是非お勧めします。自筆で遺言を書く場合でも、有効な書き方になっているか、内容的に問題がないか、保管をどうするかといった問題が重要ですから、弁護士にチェックしてもらって落ちのないようにした方がよいでしょう。また、内容が複雑な場合は、文面をどのようにするのかを弁護士に考えてもらったうえで公正証書遺言にしておくことが適当な場合も多いでしょう。また、将来の相続税がどのようにかかってくるかも考えて遺言書を作成する必要もあるでしょうから、税理士にその点の相談をされることもお勧めします。